「自分はやりきっただろうか?」は愚問かも?!

今日は、「自分はやりきっただろうか?」は愚問かも?! ・・良いふり返りに感じますが、落とし穴がありそうです。

 

 

こんにちは。
阿部朝子です。

 

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「自分はやりきっただろうか?」

ふり返ったことはありませんか?

 

 

大事なこと・・

スポーツの試合や、
試験
期間のある仕事企画の後

などでしょうか。。

 

 

実は、某娘が(笑)

夏休み最後の日に、

「夏休み・・私、やりきっただろうか?」
とつぶやいていました。

 

 

ふと感じたのは、


このフレーズは
落とし穴 もあるな~

ということです。

 

 

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「やりきったかな?」

 

この問いの いい面は

「やりきった!と思えたら


やった内容にも、
自分自身にも、

納得&満足でき
自信
にもなりそうなこと

 

 

でも・・

「もっとがんばれたんじゃないか?」

「足りなかったんじゃないか?」

という気持ちがよぎるから
このフレーズが
出てくる気もするので・・

 

そこに、落とし穴がありそうです・・

 

 

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問題

「やりきったかどうか?」

というのは、
判断基準 があいまいなこと。

 

 

「やりきった!」と
感じる時もありますが、

 

感覚なので

「やりきった気もするし、
やりきれていない気もする・・」

と、判断しきれません。

 

 

 

答がハッキリしないので

「もっとやれたんじゃないか?」

自己否定後悔の気持ちに
つながってしまったり、

 

思考が堂々めぐりして
心のコンディションを
下げてしまいます。

・・

 

そんな落とし穴・・

ありそうじゃないですか?

 

><

 

 

意識を向けるべきことは、

 

もっと具体的

何ができて、
何ができなかったかな?

 

できなかったことは
やる? やらなくていい?

 

やるんだったら、
いつ・どのようにやる?

 

と、

明確な行動につなげること。

 

そうしたら、

精神論ではなくて

今・意識を向けるべきコト

今・行動すべきコト

に、

しっかり時間とエネルギーを
使っていけますね。

 

 

参考になれば幸いです。

(^_^)

 

 

やりきったかどうか?
について
明日、脳のメカニズムの観点で
補足したいと思います。